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メディア創造力を育成する実践事例


「キチンと文化」からの脱却ーメディアで創造する力を育成するー


中川一史(独立行政法人メディア教育開発センター教授)

 現在、授業でICTを活用することによって、学力がどう上がるかという議論がよく聞かれるようになった。それ自体はけっして悪いことではない。現に、ICT環境を充実させるために、議会などの説得で「ICTで学力がたしかにあがったデータ」のほしい教育委員会担当者は、後をたたない。

 しかし、どうも「学力=狭い意味での基礎・基本」ととられ、この部分ばかりがICT活用においても目立っている。つまり、キチンと「知識・理解」や「技能」を習得することを重視しているわけだ。しかし、学力というものはそういう側面ばかりの話ではないはずであるし、そこだけがICT活用効果を語れる箇所ではないはずだ。

 国語にしても、私の専門にしている情報教育の世界でも、日本の教育界に根強い「キチンと文化」がすべての根底にあるように思う。

 たとえばプレゼン発表の活動なら、「準備した」原稿を暗記し、「大きな声でキチンと」間違いなく読めたかを評価する。相手が誰であるかとか伝えたい内容がどう伝わったかの効果などの検討は二の次。その結果、友だちの発表を聞いた子どもの感想も「声が大きくて良かったと思います」に終始してしまう。このやり方では、プレゼンの仕方の基礎・基本の徹底はできても、それ以上の広がりがない。自分がキチンとできたかのみを見て、情報を発信する「相手」を意識していないからだ。また、相手に効果的に伝わる手段としてのICTの活用も教師の側に見通しなく子どもたちに使わせてしまうと、アナログ的な発表と比較する眼が子どもに育たない。このように、教師の授業に対する創造性の欠如、確かな見通しを感じる場面が少なくない。 そこで、今こそ、メディア創造力の育成が重要であると思っている。「メディア創造力」とは、「メディア表現学習を通して、自分なりの発想や創造性、柔軟な思考を働かせながら自己を見つめ、切り拓いていく力」を意味する。さきほどの基礎・基本と「メディア創造力」の関係は、基礎・基本をマスターしたからおのずと実践的な「メディア創造力」がつくのではなく、(下図)

図

ちょうど車の両輪のようなものだ(下図)。

図

しかし、よく見る学習場面では、「メディア創造力」は基礎・基本のオマケ的な扱いを受けている。たとえば、国語の授業で壁新聞を作っても、基礎・基本である漢字や最低限書くべきことがキチンと書けているかを測る物差しとして評価される場合がほとんどだ。読み手の目をひくか、相手に本当に伝わったかを確認する場面までは深く追究されないことが多い。

 学習場面で不足しているのは、「伝えたいという切実感」であり、「相手にどうやってわかってもらえるのか、印象づけるのか」ということであり、「この学習が自分とどうかかわり、何の役に立つか」という学習の意味づけにある。こういうことこそが学習意欲低下の大きな原因になっていると考える。それを超えるには、基礎・基本と「メディア創造力」のような実践・応用の力をどのように行きつ戻りつさせるか、という授業デザインの再構築が必要だ。これまでに学んだ基礎・基本が社会や生活でどう活用できるかを実感できるとともに、今の自分に欠けている基礎・基本は何かにも気づける。「メディア創造力」の実践授業は、結果的に基礎・基本の力の向上にもつながるはずだ。

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●メディア創造力を発揮する授業デザイン

 では、メディア創造力を発揮する授業デザインの姿とはどういうものであろうか?

事例1:紙面で伝えるために特徴をつかませ、考えさせる

 光村図書出版小学校国語教科書6年上巻に「相手や目的に合わせて書こう ガイドブックを作ろう」という「書くこと」の単元がある。11時間扱いで、いろいろなガイドブックを集めてその構成や材料の選び方の特徴をつかみ、実際に自分でガイドブックを作成するという構成になっている。

 ガイドブックを実際に作るためには、見つけてきたガイドブックを見て、その特徴をつかむところが大切だ。「全体の構成はどのようになっているか」「写真や図の使い方にどんな工夫が見られるか」などの特徴をつかませるとともに、「何を伝えたいガイドブックなのか、それはどこから伝わってきたかなどについて話し合わせてみる」「文章、画像(写真、カット、地図など)、色づかいの工夫についてワークシートに書かせる」「同じジャンルの他のガイドブックと比較して考えさせる」など、具体的な指導までふみこみたい。

 ガイドブックやパンフレット作りでは、相手意識とシチュエーションをしっかりとおさえていなかった場合、すべての活動があいまいになってしまう。この相手には、この写真や文章が通用するのか、検討の場を保証すべきだし、教師サイドで適切な評価の観点をもっている必要がある。さらに、実際に手にとってくれるのかどうかリアクションを得る場の設定も必要だ。パンフレットなどは「手にとってもらってなんぼ」の世界だ。そのような状況は国語の時間だけで確保できないことも考えられるので、たとえば総合的な学習の時間の学習活動との具体的な関連で、どのように授業をデザインできるかがポイントだ。

 制作活動の過程で、子どもそれぞれの思いがあるので、選ぶことも、順番を決めることも難航が予想される。しかし、ディスカッションしながら結論をださなくてはならない過程が大事なのだ。これら、「映像と言葉を往復させること」「建設的妥協点に迫ること」をメディア創造力では大事にしている。


事例2:思いもよらぬ子どもの行動を受けとめる教師の力量

 横浜市立大口台小学校の佐藤幸江教諭は「指導書通りに授業を流す教師が多いが、子どももちがえば教師の思いもちがう。同じ単元、同じ教材でも、アプローチは変わる。自分は毎年、子どもに合わせて学習活動を大きく変える」と指摘する。

 小学校1年生国語の題材において、絵本からイメージを広げ,音読劇にするという授業である。まずは導入で子どもたちが夢中になる「しかけ」が必要だ。佐藤教諭は,絵本選びに力を注いだ。教科書を活用することもできたが,一人ひとりの子どもたちが自己を投影できる登場人物がたくさんいるという点,ストーリーが単純であるが「比較する」場面があるという点,また何より子どもたちが絵にのめり込めるような情感あるものをという点から「お日さまパン」(金の星社)を選んだ。さらに,子どもたちが意欲をもって取り組めるように,「今度の授業参観で,1年生になったことをおうちの人に見せようね」と提案したのである。

 相手意識・目的意識をもつことで,子どもたちは電子情報ボードに大映しにされた絵本の中の動物の表情や動きに注目し,自分なりのせりふや動きを創造していったのである。そのプロセスで,「大きな声ではっきり話すこと」や「身ぶりや手ぶりで表現すること」が課題となった。
家で何回も練習してくる子やグループで練習方法を工夫する姿も見られるようになり,教師はそのような個のがんばりや工夫をみとり,全体に紹介し,他の子どもたちへの意欲付けや評価の基準としていったのである。入学してまだ1か月の子どもたちは,授業参観で大きな拍手と「幼稚園のときより,にこにこしていて自信をもってできていたね。」という賞賛の言葉をいただき,大きな満足感を得た。それにより,「お日さまパン」が大好きになり,図工の砂遊びで「お日さまパン」を作ったり,生活科であさがおの水やりが問題になったときに,「お日さま」の力のすごさが話題にのぼったり,さらには家で「お日さまパンクッキー」を作る子どもたちまで出現するというように,ゴールが果てしなく広がっているという。

 子どもたちが自分なりの発想や創造性、柔軟な思考を働かせるためには、導入がとても大事だ。ここで夢中に取り組めるような「しかけ」がなければ、結局、教師に「やらされているだけ」になりかねない。また、最初に目的意識を明確にした上で、途中で必要以上に教師が出ない、ことも重要だ。細かい要望を教師から押し付けられると、特に低学年では教師が子どもたちの創意工夫場面を台なしにしてしまうことにもなる。さらに、自己を見つめ、きり拓いていく力がどのように育ったかを子どもたちの様子からしっかり見取るということも重要なポイントだ。教師には、教科や総合のねらいが「ものさし」としてあるが、メディア創造力は教科を超えて培っていくものだ。思いもよらぬ子どもの行動を受けとめる教師の力もメディア創造力では要求される。

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●メディア創造力を育成するための学習サイクル
 メディア創造力を育成する授業をみてくると、以下のような学習サイクルが不可欠であることがわかってきた(下図)。

図

 メディア表現を行う学習でも、これまでこのようなプロセスを省略していきなり制作に入るケースが多くあった。しかし、相手意識や目的意識が十分でない中で制作活動に取り組んでも、子どもたちは活動に必然性を感じられず、「ただ作っただけ」で終わってしまうことになる。何のために誰にむかって発信するのかが子どもたちに腑に落ちていなければ、そこに学びは生まれない。「見る」プロセスでは、ホンモノをつぶさに観察し、そこに込められた工夫や思い、こだわりを学ぶ。子どもたちは「見えているけど、見ていない」ことがよくある。どのような視点で意識させるか、教師の力量が問われるところだ。また、「見せる・作る」プロセスでは、時には失敗を経験させながら、トライ&エラーでブラッシュアップしていく。子ども同士で話し合い、協力しながら、少しでも良いプレゼン、作品になるような建設的な妥協点を探っていく。さらに、振り返るプロセスがあるが、ここで終わりではなく、次に改善点が活かせるような授業デザインをどう実現できるかが鍵となる。

 総合的な学習などでも、「調べて、まとめて、発表会しておしまい」という授業がよくある。計画通りに授業はすすんでいるかもしれないが、ここで何が子どもの学びとなり、教師がどのように介在するのか、目の前の子どもたちの実態がどうであるのかなどにしっかりと踏み込むことが重要なのは言うまでもない。

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●メディア創造力を育成するための教師の着目要素
 メディア創造力を育成する授業をみてくると、全部で12の共通項目(メディア創造力を育成するための教師の着目要素)が明らかになってきた。さきほどの学習サイクルに合わせて整理しておく。

「相手意識・目的意識をもつ」こと
 1)リアルで必然性のある課題を設定する
 2)好奇心や探求心、発想力、企画力を刺激する

「見る」こと
 2)好奇心や探求心、発想力、企画力を刺激する
 3)本物に迫る眼を養う
 4)自分なりの視点を持たせる
 5)差異やズレを比較し,実感させる
 6)映像と言語の往復を促す

「見せる・つくる」こと
 6)映像と言語の往復を促す
 7)社会とのつながりに生かす
 8)建設的妥協点(=答えが1つではない)に迫る
 9)失敗体験をうまく盛り込む
 10)デジタルとアナログの双方の利点を活かす
 11)メディア創造力を追究する中から基礎・基本への必要性に迫る

「振り返る」こと
 4)自分なりの視点を持たせる
 5)差異やズレを比較し,実感させる
 7)社会とのつながりに生かす
 8)建設的妥協点(=答えが1つではない)に迫る
 12)自らの学びを振り返らせる



おわりに

 メディア創造力は、「映像と言語の往復を促すようなメディア表現学習を通して、自分なりの発想や創造性を発揮し、柔軟な思考を働かせる」のであり、「感性と論理を併せ持つメディアの特性に迫り、豊かな感性と論理的思考力を相乗的に高める」ことになる。これらを通じて、「自己を見つめ、切り開いていく力を育む」ことになるのだ。

 映像と言語の往復とは、1枚の写真からメッセージを読み取ったり、メッセージ性をこめたビジュアル作品の制作プロセスによく見られる。まさに、論理的な思考と感性を発揮する場面を行き来することでもある。論理的思考とは、たとえば国語の「話す・聞く、読む、書く」であり、感性とは、美的センスや豊かな発想などを意味する。これらは、一見、まったく別物であるが、メディア創造力を育む授業では、まさに車の両輪となる。ただ単に、メディア表現をさせれば、このような力がつくわけではない。このような授業デザインを読者といっしょに考え、追究していきたいと思う。まさに教師にもメディア創造力が求められているのである。

追記:
メディア創造力の育成の実践研究については、筆者が代表のD-project(デジタル表現研究会)において、成果の一部を公開している。

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